私には、お手本にしたい女性が二人います。
一人は、YouTubeで動画を配信している25歳のOkiさん。もう一人は、今年80歳になる近所の女性です。
年齢差は、約55歳。住んでいる場所も、生活も、私との関係もまったく違います。一人は画面の向こうにいる若い女性。もう一人は、家を出れば時々会うご近所さん。それなのに私は、二人にどこか共通した魅力を感じています。
最近、その理由が少し分かってきました。二人とも、毎日をしっかり暮らしている人なのだと思います。
25歳の「継続の先生」
OkiさんのYouTubeをよく見ています。私にとって彼女は、「継続の先生」です。勉強している様子を中心に、仕事や料理、お菓子作りなど、日々の生活を動画にされています。
私がすごいと思うのは、特別な一日だけではなく、ごく普通の日々を長く発信し続けていること。勉強する。仕事をする。料理をする。また勉強する。そういう毎日を積み重ねています。
私は若い頃、地味な努力を続けることがあまり得意ではありませんでした。努力をしていないのに、結果は欲しい。まだ何者でもないのに、格好よく見られたい。今思えば、ずいぶん勿体ない時間の使い方をしていたと思います。だからこそ、若いうちから淡々と積み重ねているOkiさんを見ていると、素直にすごいなと思うのです。
頑張れない日も、その人の生活
もう一つ、Okiさんの動画で好きなところがあります。
いつも元気で、やる気に満ちているわけではないことです。体調がよくないとき。なかなかやる気が出ないとき。思うように勉強できないとき。そういう時期も動画になっています。
考えてみれば、当たり前のことです。人間なのだから、毎日同じように頑張れるわけがありません。でも私たちは、誰かの「結果」だけを見ていると、その人は毎日きちんと努力できる特別な人のように感じてしまいます。
実際には、調子のいい日もあれば悪い日もある。それでも、また戻ってくる。私はその経過に励まされます。一日できなかったから終わりではない。30分しかできない日があってもいい。またやればいい。
最近、私自身も少しずつそう思えるようになりました。
もう一人のお手本は、近所に住む80歳の女性
もう一人は、ご近所の女性です。我が家を建てた11年ほど前に出会いました。数軒先に住んでいて、当時は70歳くらい。ご主人と二人暮らしで、お子さんたちはすでに独立され、お孫さんもいらっしゃいます。
会うといつも向こうから、「おはよう!」と声をかけてくれます。でも、決してぐいぐい距離を詰めてくる感じではありません。ゆっくりとした落ち着いたトーンで話されて、なんともいえない品があります。
私は、おしゃべりが止まらないタイプのご近所付き合いが少々苦手です。だから余計に、このほどよい距離感が心地いいのかもしれません。
ベレー帽とカラフルな傘
彼女はいつもおしゃれです。といっても、ブランド物で着飾っているという意味ではありません。ある日はベレー帽をかぶっていたり。雨の日には、カラフルな傘を持っていたり。いつ会っても身綺麗にされています。
そして何より、姿勢がいい。もう80歳になられましたが、背筋がすっと伸びています。
毎日散歩をされている姿もよく見かけます。特別に派手なことをしているわけではありません。でも、なぜか目を引く。
夫も同じことを感じていたようで、「◯◯さんって、なんか違うよね。すごく素敵だし、品があるよね」と話したことがあります。私もまったく同じことを思っていました。
「夫婦でお手本にしたいと思っているんです」
あるとき彼女と話していて、私はふと、「夫とよく、◯◯さんをお手本にしたいねって話しているんです」と本人に伝えたことがあります。言おうと準備していたわけではありません。自然と言葉になりました。それくらい、素敵だと思っていたのだと思います。
年齢を重ねた人の美しさは、若い人の美しさとは少し違います。服装だけでもない。顔立ちだけでもない。姿勢だったり、話す速度だったり、人との距離の取り方だったり。その人が長い時間をかけて作ってきたものが、全体の雰囲気として表れるのかもしれません。
私は80歳になったとき、こんなふうになれたらいいなと思います。
それでも、人生にはいろいろなことが起こる
そんな彼女ですが、昨年ご主人を亡くされました。今は一人暮らしです。ご主人の闘病中には、病院までバスで通われていました。きっと私には分からない大変な時間があったと思います。
ご主人を亡くしてからも、落ち込むことや、食欲がなくなることがあったと聞きました。それでも今も、決まった時間になると散歩に出ています。ご近所の人と挨拶をして、会話をして。変わらず身綺麗にされています。
もちろん、それだけを見て「元気だから大丈夫」などと言うつもりはありません。人には見えない時間があります。ただ、その姿を見ていると私は時々考えます。
もしかすると彼女にも、自分なりの生活のルールがあるのではないだろうか、と。
戻ってくるための「仕組み」
これは、仕組みを整えることが好きな私の勝手な想像です。
毎日散歩する。朝起きたら身支度をする。外に出たら近所の人に挨拶をする。決まった時間にご飯を食べる。そんな日常の小さな習慣が、人生で大きなことが起きたときにも、自分をいつもの生活へ戻してくれるのではないだろうか。
ずっと元気でいるための仕組みではありません。悲しまないための仕組みでもありません。調子を崩しても、また自分の日常へ戻ってくるための仕組みです。もしそうだとしたら、私はそういうものを今から少しずつ作っていきたいと思います。
25歳と80歳に共通していたもの
Okiさんとご近所さん。改めて考えてみても、まったく違う二人です。でも私が二人に惹かれる理由には、共通するものがある気がします。
毎日をきちんと暮らしていること。ただし、「毎日完璧に」という意味ではありません。調子のいい日も悪い日もある。やる気が出ない日もある。人生には、自分ではどうにもできない出来事も起こります。それでも生活を完全に手放さない。できることをやって、また自分の日常に戻ってくる。
その繰り返しです。
お手本になる人に、年齢は関係なかった
私は42歳です。
25歳の人から教えてもらうこともあれば、80歳の人を見て「こんなふうに歳を重ねたい」と思うこともあります。
若者には若者の悩みがあります。ミドル世代にはミドル世代の悩みがある。80歳になれば、またその年齢にしか分からないことがあるのでしょう。だから、誰かの人生そのものを真似することはできません。
それでも、その人の生き方の中から、「これは私も大切にしたい」と思うものを受け取ることはできます。年下だから教わる側。年上だから教える側。そんなことでもないんですね。25歳の継続の先生と、80歳の人生の先輩。お二人を見ながら私も、派手な結果を急ぐのではなく、まず今日の生活をちゃんとやろうと思います。
勉強する日があって。仕事へ行って。ご飯を作って。愛犬と散歩をして。ブログを書いて。疲れた日は休む。そして、また戻ってくる。
そんな普通の日を積み重ねながら、良い歳の重ね方ができたらいいなと思います。




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